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妹と会った翌日の土曜日は、
午前中には大学のオンライン特別講義、
そして午後には10月初旬に
市内の公民館で開催された「アート思考」の
ワークショップでその日たまたま同じグループになり
すっかり意気投合した3人の方との
読書会の予定が入っていました。

正直、大学のオンライン講義の方は、
ベルのことで頭がいっぱいで前日まで
すっかり忘れていたのですが、
カレンダーの書き込みで思い出して
参加することにしました。

読書会の方は木曜日に、
「みんなの予定が空いてれば」
と、グループLINEで
急遽開催が決まったため、
わたしはベルの状況等は
一切メンバーに話さず、
「ダメな時は当日ドタキャンさせてもらおう・・」
と、考えていました。
それよりなにより、誰かと直に会って
たわいもない話がしたかったのです。
自宅からかかっても数十分の場所と言うのが
何かあってもすぐ帰れると言う
安心感につながっていました。

午前中のオンライン講義ですが、
実は講義のテーマをすっかり忘れていました。
まあ、予習もいらない講義だしと気軽に構えて
いざ始まってみると、驚きました。

何故なら、テーマは、

『人生の終わり方について考える』

そう、ターミナルケアと、
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)、
通称、「人生会議」と言って、
終末期をどう生き抜くか、
どう終末期の患者さんに寄り添うかと言う
現代医療と介護、終活についての講義だったからです。

講義では、最期まで生き抜くために
誰とどんなことを話し合っておくかや、
自分が意思を伝えられなくなった時のために、
いまは家族と言う垣根をこえて、
近しい人や友人、かかわりを持つ人たちと
繰り返し「どう生き抜きたいか」を
話し合ってゆくことの重要性が説かれました。

この講義を受講していた人たちは
少なくとも講義の時間の間は、
「死」や「人生の終わり方」について
「いつか」の”夢物語”ではなく、
「いつか」の”現実”として向き合っていたように思います。

わたしはzoomと言うオンライン上ではありましたが
不思議とこの場に身を置いたことで、
この10日余り抱えてきた
「死」と言うものと向き合う孤独が、
緩やかにほどけてゆくのを感じました。

あんなに認めたくなかった、
「動物は(生き物)はいつかは必ず死ぬ」
と言う死刑宣告のように響いて仕方がなかったフレーズが、
「誰もがみな一緒なんだ」と言う
共同運命のように感じられたのでした。

実は、講座の後、数人ずつに分かれての
グループワークが
予定されていたのですが、
そこに出席することはできませんでした。

講義の中である動画を見たのですが、
その動画を見ながら号泣してしまい、
泣きはらした顔があまりにひどい状態だったために、
遠慮したのです。
*ちなみに見たのはこちらの動画です。

 


人生会議

今週金曜日から、
ベルを連れて実家に帰省をするつもりですが、
おそらくこれがベルを伴っての
最後の旅になるでしょう。
もしかすると、実家で命を終えてしまうかもしれない。

それでも、ベルがみんなと過ごした思い出が
ひとつ増えることを選びたいと思いました。
少し前のわたしなら、家に引きこもって
ベルをただただ切なく見つめるだけだったことでしょう。

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(*『13歳からのアート思考』の講座で実際に使った教材)

お昼すぎ、ベルのことを夫に任せ
わたしは、地元の珈琲ショップへと向かいました。
2週間ぶりの”アート思考の会”メンバーの再会でした。

わたし以外のメンバーは、
星新一賞の受賞経験のある作家のSさん(男性)。
趣味ですから・・とはにかみながらも、
NHKの俳句コンテストなどで
毎回入賞経験のあるAさん(女性)。
そして、都内の通級の支援学級で先生をしている
明るく朗らかなKさん(女性)。
そして、写真家でなぜか心理士を目指そうとして
心理学の大学に通っているわたし・・
と言う組み合わせ。

先日の公民館でのグループワークの後、
4人で話す”感覚言語”コミュニケーションの場の
あまりの心地よさに驚き、
”これっきり”なのがもったいないと
全員一致で感じていたのでしょう。
次回は、Sさんが書かれた小説の読書会をしようと
再会する約束になっていました。
(なんとSさんの小説も、
末期医療や高齢化社会が軸となっている
物語だったのでした!)
わたしにとって3人は地元にできた、
上下関係も、後も先も、
金銭のやり取りも含めた
利害関係の一切ない、初めてのお友達でした。

わたしは敢えて、4人の場で、
ベルのことを話しませんでした。
それが何故だか分からないけれど、
話さずに居たいと思っていました。

誰が会話の主導権を握るわけでもなく、
4人がそれぞれに、気になっていることや、
向き合っている今を代わる代わる話しました。

面白いのが、わたしもですが、
作家のSさんをはじめ、
皆が、誰かが話していることで
面白い気づきや、言葉があると、
ノートを開いてメモを取るのです。

わたしが普段、何となく感じている
たわいもないことや、
え?そんなことが面白の?と言うことや
心理学で学んだことなどを、
真剣に興味を持って聴いてくれて
ときどき質問をして
ノートにカリカリと書きつけてゆく他のメンバーたち。

もちろんそれはわたしが逆の立場になった時も同様で、
ひとりひとりが、なんて素敵な世界を持っているんだろうと
感動と尊敬を抱く中で、数時間があっという間に過ぎてゆきました。

誰かの話が、誰かの文脈に
絶妙なタイミングでつながってゆき、
どこまでも話せそうな気がする・・・
いつまでも聴いていられそうな気がする・・・

次回もまた!
Sさんの新作でもまた読書会しましょう!
7月にAさんの手ほどきで
みんなでNHKの俳句コンテストに
応募してみましょうか?!
写真も学んでみたい!
支援学級の子供たちについてもっと聞きたい!

などなど、各々の分野が、
美しい幾何学のようにつながって
空気を醸成していたような場でした。

その日は冷たい雨が降っていましたが、
わたしの心は、久しぶりに晴れ渡っていました。

その時、ふと思ったのです。

きょう過ごした人たちは、
わたしとベルのことは何も知らない。
ベルの病状も、わたしとベルが過ごしてきた歴史も、
わたしの家族のことも、わたしの過去も・・・。

そうか・・・
わたしはベルが居なくなってしまった先の世界を思って
恐怖に苛まれていたけれど、
もしかしたら、きょうの場と言うのは、
ベルの居ない世界だと言えないだろうか?と。

そこでちゃんと笑えていた自分。
未来に「やってみたい」と思うことを
仲間と想い描けた自分。

わたしは、ベルの居ない世界を
こんなにもしっかりと生きられているじゃないか。

わたしは、大丈夫なんだ・・・と。

この2週間ほどの間に、
わたしに起きたことを書いてきましたが、
そろそろ終わりにしようと思っています。

たったの2週間でしたが、
わたしにとっては、
何年か分の感情を行き来したような日々でした。

そして、わたしにとっての
現実的な”ペットロス”本番は、
実はこれからです。

ベルを失った時、泣くでしょう。
失意の底に沈むでしょう。
しばらく人に会うことも
出来ないほどのショックに見舞われることでしょう。
それはもう、仕方がないと思っています。

でも、たくさんの方たちの
言葉や、無言のサポートを得て、
どうにか今日まで気持ちを立て直すことができました。
本当にありがとうございます。

あとわずかとなってしまった
ベルとの日々を、
「いま、できること」を必死に探しながら
最期の最期まで、最大級の感謝で送れるように
大切に過ごしてゆきたいと思っています。

先ずは、無事に実家に行って
戻って来られますように。
お祈りいただけましたら嬉しいです。

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