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先週の金曜日、妹が仕事帰りに自宅に寄ってくれました。
帰省の切符を彼女の分も
我が家でまとめて買っていたので、
万が一私たちが行けなくなった時を考慮して
妹の分の切符を手渡しておくためでした。

ベルはひょっとすると
わたしよりも妹の方になついているのでは?
そう思うくらい、ベルは妹のことが大好きで、
遊びに来ると片時も離れなくなるくらい。

そんな妹はと言うと、
小さいころから犬が大の苦手で、
その”苦手っぷり”は、
遠くから吠える犬の鳴き声を聞いただけで
震えあがってしまったり、
犬を飼っている家の前を通ると
走ってその場から逃げるほどでした。

アメリカからベルを連れて帰国すると
報告したわたしに、
「もう二度と、お姉ちゃんの家にはいかないから!」と
豪語していた彼女でしたが、
ベルはたったの数時間で、
彼女の長年の「犬嫌い」を
完治してしまったのです。
これには本当に驚きました。

妹が部屋に入ってくると、
この頃は寝てばかりだったベルの
けだるかった表情に
ぱっと明かりが灯ったかのようになり、
よたよたとよろめきながら、
いつもそうしていたように
妹の膝の上へと登ろうとするではないですか。

「ベル~、お前どうしたんだよ~。
元気だしなよ~。」

妹の声に応えるようにして、
ベルが妹に顔を近づけたり、
身体を嬉しそうにすり付けているのを見て
思わず涙がこぼれてきました。

もしかすると、
ベルが妹に逢えるのは、
これが最後になるかも知れない・・・

そんな思いがよぎります。

はしゃぎ過ぎたベルが
再びカーペットの上でまどろみ始めた頃、
妹に告知を受けてからの
1週間の自分の状態を話しました。
もちろん、母とのことも。

「わたしね、ベルが死んだら
後を追って自分も死のうと思ってたの。
この部屋の中で死に場所を探したりしてさ、
ようやく見つけたんだけど、どこだと思う?」

そう尋ねると、妹は間髪置かずに、

「わかった!あそこでしょ!?」

と、ロフトに向かう階段の引っかけ棒を
笑ながら指さしました。

正解だよ、すごいね!
わたし、これでも、結構探したんだよ!

と苦笑すると、
不意に真顔になった妹がこう言ったのです。

「お姉ちゃん、死んでもいいよ。
そりゃ、わたしは淋しいけど。
お姉ちゃんがベルのこと、どれほど
愛して大切にしてきたか見てて知ってるから。
辛いの分かるからさ。だから、
どうしても耐えられなかったときは
死んでもいいからね。
ぜんぶ、わたしだけは分かってるから。」

ここを読んだ人の中には、
「死んでもいいよ」と姉に承諾する妹など
あり得ない!信じられない!と思う方も
いらっしゃるかも知れません。

でも、わたしは、
母のときと同様に、
何か大きな安心感に包まれたのです。

そして、この時から完全に、
ベルの後を追いたいと言う衝動から
解放されたのでした。

また、今回の件では、
家族以外の友達にも、たくさん支えてもらいました。

わたしが彼らのサポートを通して知ったのは、
「ここに、いる」と言うことを伝えることで
もたらされた「力」について、でした。

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今回わたしが助けて頂いたのは、
皆、人生で大きな悲しみを経験し、
それを乗り越えたか、
いま、まさに乗り越えようと
している方たちでした。

皆、不思議なくらいに、こう言うのです。

「ここに、いるよ」
「そばに、いるよ」

「いる」

このたったの2文字に、
わたしはどれほど救われたでしょう。

この苦しみから抜け出す解決策でもなく、
アドバイスでもなく、
「いる」。

「いる」ことの価値。
「いる」を伝えることの意味。

ひょっとしたら、人と人とが
人と人とのかかわりの中で
傷を癒していくには、
それだけで、良いのかも知れない・・・

そんなことを感じました。

次回の記事で
「ペットロスについて思うこと」は
完結したいと思っています。

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